魔法陣グルグル: 怪奇!キタキタ踊りの伝説
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魔法陣グルグル第08話の概要
魔法陣グルグル 第08話のあらすじ
.ノコギリ山を攻略して。
このあたりはよく言えば「漫画を忠実に再現してある」、悪く言えば「何の追加もされていない」ので、原作を読んだことがあると飽きてしまうかもしれない。しかし、オヤジが温泉で仁王立ちしている姿は原作より(動画だから湯気の動きが重要)ハラハラするwククリが髪を下ろしているときにニケが考えたククリ二重人格設定のときの「剣も振るってやる」のククリの面白さもなかなかだった。
「勇者ここに眠るらない」の石造からキタキタ踊りの歴史と、キタキタの音楽とかそういうのがしっかり描かれているのがいいような…いや、これはどうでもいいか…。
グルグルはゲームらしさを失ったのか?
原作だと、ノコギリ山ダンジョン攻略は連載1周年あたりだったと記憶している。なので、ここで少しだけ総論的なことを書く。
個人的には、やっぱりグルグルは漫画とアニメが同時に展開しているときが一番楽しかったと思う。 作者もアニメで自分の描いたキャラが生き生きと動いてしゃべっているのを毎週見ていたんだろうな~っと、思う。それは楽しかったんだろう。しかし、このように絶好調だった作者のモチベーションを下げるような出来事はいくつか思い浮かぶ。当時はまだガンガンが無名に近いころのこと。グルグルのアニメが終わると、みんなグルグルの原作も終わったものだと思ったのではないだろうか?まるで遊び飽きた玩具のように忘れられていくグルグル。マイナー雑誌に連載される漫画の宿命。
視聴者、読者も成長したが10年という長期連載をするうちに作者自身もグルグルへの思いがいろいろ変わったんだろうな、と思う。その長い連載の中でいくつもの分岐点が存在し、本当に運のよかったものだけがグルグルの読者や視聴者に届いたのであって、それ以外の作者の頭の中にかつてあった「グルグル」は今となってはうかがい知るすべもないのだが…。
連載中期まで作品中にあった「レベル」の概念が後期にはすっかり無くなっていたり、絵柄が安定しなかったり、作者の力不足や飽きっぽさが原因と思われる、作品全体の統一感のなさも批判の対象となるだろう。
だが待ってほしい!
確かに「レベル」の表記やグルグルVSギリを描いていた「魔神争奪戦」の設定は最終的にほとんど形骸化していたと思う。でも、「レベル」の表記がなくなったからといって必ずしも「グルグルがゲーム的でなくなった」と私は考えない。思い出してほしい。最近のRPGは、「レベル」の概念を取り外し、いろいろな意味で「リアルさ」を求め、本当にあるような「ファンタジー」を追求しようとする傾向にある。MPの概念をなくしたFF8や、古くはFF2の熟練度など「既成概念の破壊」はゲーム自身が現在に至るまで度々行ってきている。「グルグル」自身も90年代半ばまでの「スーファミ世代のゲーム」と「PS以降のゲーム」への移行を、我々読者が気づかぬうちに遂げていたのではないだろうか。ここで、初期のグルグルの「作者の絵のおどろおどろしさ」を初期のゲームが備えていた「ハードの制約」と捉えるとしよう。ファミコン時代のピーチ姫の顔など、とても「美しい顔」とは言えない。すると後期の「グルグル」における「ククリのロリ化」はFFなどに代表される「美形キャラだらけのCGや過度な映像作品化」と対応させられるべきではないか。ずっと読んできた読者からすれば安易に「萌え」に傾倒した作者と感じるかも知れないが、もともとゲームを題材したパロディ漫画として人気を博した「魔法陣グルグル」の方向性としては間違っていないのではないか。
グルグルの魔法陣#1
グルグル:ベームベーム召喚
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